賃貸借契約書でわかる原状回復の負担について
原状回復の賃借人負担をめぐるトラブルの要因として多いのが、賃貸借契約の内容に関係するものとなっています。賃貸借は比較的長期間に及ぶ契約ですので、賃借人が契約内容となっている原状回復義務について覚えていなかったり、それ以上にその認識が皆無なまま契約書にサインしているケースが多く見られます。
そこで今回は、賃貸借契約書上の原状回復について、敷金や特約条項との関係から解説していきます。
原状回復工事の費用負担については、国土交通省のガイドラインや裁判所の考え方にもなっている「原状回復の原則」があります。その原則によれば、原状回復工事の費用は賃貸人負担のものと賃借人負担のものとに分けて考えられています。
賃貸人の費用負担となるものについては「経年変化」や「通常損耗」があり、賃借人の費用負担になるものとしては、「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗や毀損」が挙げられています。後者の損耗や毀損については通常損耗に対して「特別損耗」と呼ばれています。
この特別損耗については、当然のことながら賃貸借契約書上においても賃借人が費用負担すべき原状回復工事の対象として明記されています。尚、賃借人の費用負担となる特別損耗や毀損の具体的な事例としては以下のようなものが該当します。
・定期的な掃除や手入れを怠ったことにより生じた台所周りの油汚れやスス
・引越作業や家具購入時の搬入作業で生じたフローリング床のキズ
・喫煙による壁のヤニや汚れ
・結露放置によって拡大した黒カビやシミ
・賃借人の不注意で雨水を吹き込ませたことに起因するフローリング床や畳の劣化
・ペット飼育不可物件でのペット飼育による部屋全体の臭いや汚れ
しかし、実際の賃貸借契約においては上記の原状回復の原則とは異なる内容が含まれている場合が多くあります。これは賃貸借契約上の「特約条項」と呼ばれ、別名「原状回復特約」や「ハウスクリーニング特約」とも呼ばれています。
特約条項が契約書上にあると、その内容によっては賃貸人負担とされている通常損耗についても賃借人の費用負担で原状回復のための工事がおこなわれることになります。尚、この特約についての詳細は後ほどご紹介していきます。
賃貸借契約上の特約条項は契約の当事者である賃借人と賃貸人双方が合意していれば有効であることは既にお伝えした通りです。また、裁判所の考え方でも契約の当事者双方による合意の意思を尊重し、賃貸借契約書に記載される特約条項については、それが有効であると認めています。よく見られる具体的な特約条項の内容には以下のようなものがありますので、賃借人は契約書の内容は十分に確認しておくことが大切です。
・退去時のルームクリーニング代は賃借人負担とし、敷金から充当する
・畳やクロスの張替え費用は賃借人負担とし、敷金から充当する
・ペットを飼育した場合にはクリーニング費用として敷金2か月分を充当する
賃貸借契約ではその数は減ってきてはいるものの、賃借人から敷金を預かるというケースが頻繁に見られます。この敷金は賃借人の退去時に原状回復工事の費用に充てられる場合が多く、賃貸借契約上の特約条項として敷金を工事費用に充当することが盛り込まれている場合があります。また、特に西日本では「敷引き」といって、通常損耗についても一律で修繕費用として敷金から工事費用が差し引かれる慣習が未だに残っています。
民法では「契約自由の原則」というものがあります。これは契約の当事者双方が納得の上で締結した契約であれば、本来の原則と異なった契約内容でも有効であるという考え方です。この原則は民法上の契約である賃貸借契約にも当てはまる考え方です。従って、上述の「原状回復の原則」と異なる特約条項が盛り込まれた契約でも、賃貸人と賃借人双方が合意していれば契約自由の原則によってその契約は有効となります。
裁判所でも一定の要件を満たす場合にこのような考え方を認めており、特約条項の有効性は認められています。ただし、当事者合意の契約であれば何でも無条件で認めている訳ではなく、以下のような要件を満たすことが必要であるとしています。そしてこのような要件を満たさなければ、契約上は有効であっても裁判では無効と判断される可能性が残されています。
・特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
・賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
・賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
賃貸借契約書上の特約条項により、通常損耗のクリーニングや補修など本来は賃貸人が負うべき工事費用も当事者合意の上であれば契約内容は有効であるとお伝えしました。しかし、2020年4月から施行される民法の改正については賃借人だけでなく、賃貸人も十分に注意が必要です。
改正民法では、賃借人から預かる敷金は「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭」と明確に定義されることになります。また、同時に賃貸借契約終了後に賃貸物件が返却された時点で賃貸人には敷金の返還義務が生じること、さらに返還義務の対象となる金額は賃借人から受領した敷金から返却までに生じた金銭債務を控除した残額となることをルール化しています。
従って、今後は実務上において賃貸人の敷金返還義務が強く意識され、契約書上でもトラブル防止のために賃借人の負担と敷金返還については明確化しておくことが今以上に重要になってきます。逆にそのような点が曖昧な契約書はいざ訴訟になった場合に不利になる可能性もあります。賃貸人においては十分に契約内容と説明責任を意識しておくことが大切になってくるでしょう。
今回は賃貸借契約における原状回復工事の賃借人負担の内容やトラブルを未然に防ぐためにどのような点を意識しておくべきかについてお伝えしてきました。特に改正民法の施行によってこれまで以上に賃借人保護の考え方が浸透していくと考えられます。賃貸人もそのような変化に適切に対応していくことが求められています。